naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

ハーフは日本人ではないらしい

私は自分の同胞、日本人に対して、時にひどく疎外感を感じる。
 
日本人とは、どの国家に所属するかという呼び名であって、常に民族名を意味しない。殊更に民族名を言いたければ、「日本民族」と言えばいいのであって、ただ、日本人と言えば、国籍を意味する。
 
しかし、日本人であることが当たり前の日本人は、「国籍」という意識を持っていないらしい。というのは、私が異邦人と結婚して異邦人の姓を名乗っているため、「あなたは日本人か?それともハーフか?それともクオーターか?」という質問をよく受ける。
 
日本人という言葉のDNAや純血至上主義にこだわるあまり、「行政上日本国という国家に属する日本国籍所有者」という意味があるのを、誰も「知らない」らしい。まして、引き合いに出されるハーフやクオーターは、人種名ではない。半分だの4分の1だのという、つまり純血ではないという、ある種、差別用語である。
 
「ハーフか、クオーターか、日本人か」と分類されたら、当然、ハーフやクオーターを日本人としては認めない、という意味があることを、言っている本人がわからない。それがどれほど、言われた本人に疎外感を感じさせ、日本人という人種の純血至上主義を思い知らせる質問かということを、彼らは全く理解しない。そういうやつが、日本人は、平和を愛する国民で、人種差別をしないなどという、冗談じゃない発言を平気でしているのが、やりきれない。
 
純血志向は、かつて、アーリアン民族絶対主義を唱えて、ユダヤ人を大量抹殺した男の思考と同じである。人の価値は血だのDNAだのにあるのでなく、その人格にあるのだが、ハーフは2流日本人でさえもないらしい。
 
私の主人も娘も、日本国籍を持っているから、「日本人」であり、他のどんな区別も差別も、戸籍上ありえない。まして私は、たとえゴリラと結婚していようと、血液やDNAが変化したり、他の分類に所属し始めたりしないのでる。
 
かつて、「ハーフ人」と区分されて、あの猛烈な勤勉さを誰にも認められず、遠く日本を出て行った娘を思い、苦労したんだろうな、と今頃思う。