メモ:展開2

心、霊、気
以下の記述は、消化しきれないまま、防備録として書く。
山上の垂訓に、いろいろと、訳語に議論の多い、「心の貧しきものは幸いである」という言葉がある。共同訳のメンバーだった人物が親族にいて、いろいろ聞いたことがあるのだけれど、日本語としてどうしても、「心の」という訳語を使うと本来の意味が伝わらない、伝統的な訳である「心の」に相当する言葉の意味は、「自分の無力を知っていて、神により頼む」という長い長い「説明」になるのだそうだ。
で、1978年に先んじて出版された共同訳聖書の訳によれば、「神により頼む人は幸いだ」となっている。それが「新共同訳聖書」では「心の」に戻された。あまりにも解釈が先行して、本文から離れるからだそうだけど、「心の」は明らかに誤訳だと、かの講師はいっている。
かの講師によると、「心の」と訳された同じ言葉が、別の個所では「霊」と訳され、他の個所では「風」と訳されているそうだ。そうなると、その本来の言葉の意味は、「霊」「風」「謙虚」の意味を持っていて、「心」という日本語とでは明らかに意味範囲が違う。
おまけに、日本語で「心が貧しい」という言葉を使えば、ひどく偏狭で、ケチで、融通のきかないマイナスのイメージしかない。そういう人間が「幸い」なわけない。それを言ったイエス様という男は、なんか、異常じゃないかとさえ思えるような訳語である。
かの講師は「その本来の言葉」を日本語の中に探すとすれば、それは「気」に近いという。だったら、「気が貧しい」ってなんだよ、もう!
気とは何ぞや、と思って、今度は大辞泉で。
1)生命、意識、心などの状態や働き。
A)息、呼吸
B)意識
C)物事に反応する心の働き
D)精神の傾向
E)精神の盛り上がり、気勢
F)精神の傾向、気質
G)気分、気持ち
H)あれこれと考える心の働き、心遣い、心配
2)天地に生じる自然現象。空気、大気など、水蒸気などの気体
3)辺りに漂う雰囲気。心に感じる周囲の様子:以下省略
「意識に置いて貧しい」なら通じるかな。とにかく自分の弱さを確実に知って意識して、神に頼らざるを得ない状態の人ということだから。
エスが「天の国」を獲得できる人として選んだのは、自力で天の国を勝ち取っているつもりの人ではなくて、弱さ貧しさに打ちひしがれ、生きることにあえいでいる人に焦点を当て続けているのだから、地位や、権力や、何よりも常識で持って、身を固め、もう、天の国の入場券の前売りを獲得して安心している人ではないのだから。そういう人はすでに駱駝の大きさほどに膨れ上がっちまって、針の穴に通りようがないのだし、針の穴を通るのは、げそげそにやせ細っている必要があるんだ。
だとしたら、私、太り過ぎているな、なんちゃって^^。