今日は私の誕生日

今日、2011年、平成23年4月23日。私はとうとう70歳の誕生日を迎えることができた。

父の死から61年、母の死から21年。9番目に生れて、育つことも危ぶまれたひ弱な赤ん坊が70年生きた。感無量。

敗戦を迎えた昭和20年、9人の子供はすでに3人逝き、残った家族は合計9人。毎年、誕生日を迎えるとき、「生きたぞ!」と思った。誰かが何かを言ってくれるということなど、結婚して家族を持つまで意識しなかった。いつも、自分が「生き伸びた」ことを確認し、ある感慨を持って、この日を迎えていた。

食うや食わずの敗戦後、肺結核に倒れて臨終の床でロザリオを爪繰りながら、遺児を母に託した父に感謝。亡夫の意志を曲げまいと、無一文から出発して鬼になって6人を育てた母に感謝。

末っ子の私が70年生きた。波乱万丈、紆余曲折、時には弩涛に溺れかかり、時には流れに遮って、斜め前方にいつも自分を見つめていた父の亡霊に励まされ、岩に齧りついて生き延びた。真摯に生きた70年。その1年1年をいとおしく思う。その一瞬一瞬を尊いと思う。

その一瞬の尊さを、身にしみて感じるとき、年老いたことをバカにしたりからかったりする若者の、無思慮な軽薄な風潮を憎悪する。己の経てきた人生に誇りを感ずることもなく、年齢を恥じる老人の、命への感謝も知らない、愚かさを憎悪する。

ともすれば消えかかりそうな一瞬を、つなぎにつないだ70年、その一瞬さえ、お前らに無視されてたまるものかわ。などと、思う。という風に、いつも突っ張って、というより、張り詰めて生きてきた。

私は晴れて70年、与えられた命を見つめながら、与えられた時を生き抜こうと思う。「時」は人間が作った妄想にすぎず、この命の与え主は、久遠の宇宙を統べ給もう。