naisentaiken’s diary

エルサルバドル内戦体験記

「人の死というもの」

30年から40年前の話だが、日本は学園闘争で明け暮れていた。それは連合赤軍の仲間同士の殺し合いで幕を閉じた。

私も若いころ、ベトナム反戦運動に、たった一人で参加した。だから闘争というものの純粋さを知らないわけではなかったから、彼らの最後が気になった。

ある時私は機会があって、連合赤軍の終焉の地を訪れた。世間は、彼らを鬼畜のごとく憎悪して、彼らの家族さえ自殺に追い込んだ。そういう時代に、私は彼らの最後が気になった。何もないだろうけれど、その地に訪れて、一人で祈ってやろうと考えた。

ところが私がその地で見たものは、無数の卒塔婆だった。そしてその周りには、明らかに「供養」のあとが見られた。

ああ、仏教は、やさしいな、と私はその時感動した。世を騒がせ、殺人を重ね、生きていたら、死刑の宣告を受けたであろう、「魂たち」に、仏教徒は合掌し、その菩提を弔うのだ。世に憎まれる「命」に対して、なんという心遣いだろう、と、感じた。私は当時、仏教とは無縁の30代だった。

これは、言い伝えにすぎないけれど、熊谷直実と敦盛の物語だって、ビルマの竪琴の主人公だって、戦乱のさ中、人を殺さねばならない武人として、心に苦悩を感じ、敵であった殺した相手の菩提を弔ったのだ。これも言い伝えだと思うけれど、日本の武将は負けた敵将を、礼を持って遇したという。

それが本当か、または理想化に過ぎないかどうかはともかくとして、かつて仏教の影響を受けた日本人は、たとえ相手が敵とはいえ、その命に対しては、合掌する心を持っていた。仏教でなくても、神道でもいい。自分が殺した政敵の祟りを恐れたとはいえ、神として祀る、そういう心を持っていた。靖国に祀られている霊たちは、戦犯と呼ばれようが、生前さんざん戦争で人殺しに手を染めようが、それでも神として祀る、そういう生死観を持っている。

今、アメリカが最大の敵と呼んだ、イスラムの組織の長、オサマ ビン ラディンを殺したということで、世界にニュースが駆け巡っている。そして、その死を歓迎し、祝杯をあげ、正義が勝ったと星条旗を振って狂喜するアメリカ国民の映像が、これでもか、これでもか、と流されている。

私は別に、イスラムに好意を持ったり加担したり、イスラムの教義が正しいと思ったり、イスラムにだけ正義があると信じたりしている人間ではない。私だって日本国民として、日本国民の秩序や国益に反するものを最終的には排除するのは、当然だと考えている。

しかし、そのことと、人一人の命を奪ったことに陶酔し、それが正義だと世界に呼ばわったりすることとは別のことだ。

私は仏教徒ではないけれど、本物の仏教徒なら、彼は世界の平和のために死んでくれたと、合掌するかもしれない。自分の民族と自分の信ずることのために一生をささげて散っていった命を丁重に弔うかもしれない。

私は仏教徒ではない。仏教の研究を始めたのは、本の4,5年前からである。そして、私は、どんな命も命は命、虫けらの命も、王侯貴族の命も、罪人と呼ばれた者の命も、縁ゆえに、敵味方に分かれて戦って散って行った命も、尊い命だと考える、仏教徒のあり方に敬意を表する。