偶像2

で、「偶像」の続き。
 
人は皆、愚かなもの。新聞、雑誌、テレビ、インターネットの情報など、すべてマスコミを信じたり、よろず大勢の意見を信じたり、なにかによりすがって、自分の存在のよりどころとする。
 
諸教会の指導者も偶像となりうる。雨宮神父さんも、偶像となりうる。私も偶像となりうる。それが「少数意見」にすぎない時、誰も偶像として拝まないから、少数意見の私は誰の偶像ともなりえない。だから安心していられるだけ。
 
ところで、マスコミの報道を信じる限り、菅さんはばかみたいだし、小沢さんは悪魔の化身らしいし、谷垣さんは、気の良い町会のまとめ役的おじさんくらいの人間らしい。
 
私は生まれた時から少数派として歩むように決まっているらしいから、「マスコミが悪と決めた」相手を、本人を見もしないで、おいそれと報道を信じない。報道する側の好みで作られた虚像を虚像だと思っているから、ああだこうだと言わない。少なくとも。
 
世に何も影響を与えないこの私だって、多くの人の「断定」にさらされている。人は自分とのかかわりにおいて、不都合だと思った他人の言動をその人のすべてと解釈して、虚像を作る。

菅さんも、小沢さんも谷崎さんも、オサマビンラディンも、我々が信じ込まされているのは、その反対者の作った虚像にすぎない。虚像と偶像は表裏一体であって、礼拝の対象ではないことは確かだ。